良き国鉄時代No.56~これまで未掲載の写真から~

今回の「良き国鉄時代」は、1975年から1980年にかけて撮影した写真になります。自分は中学3年生から大学2回生の時期で、どれもつたない写真ばかりではありますが、良き国鉄時代を振り返って頂けたなら幸いです。それから毎回書いていることですが、車両の形式等についての記述に誤りがあるかもしれません。このブログでは懐かしい写真を楽しんで頂くことが主なので、どうぞご容赦頂きたいと誠に勝手ながら思います。ご理解の程、どうぞよろしくお願いいたします。では早速懐かしい写真を紹介させていただくことにします。

上の画像は、1976年に東海道本線の山崎付近で撮影したEF58形直流電気機関車81号機(広)牽引の寝台特急の回送になります。バックに見えるのがサントリー山崎蒸留所になり、撮り鉄さんにはこのあたりの撮影ポイントを「サントリーカーブ」と呼ぶらしいです。

上の画像も1976年に東海道本線の山崎駅付近で撮影したEF58形直流電気機関車93号機(宮)牽引の14系座席急行列車の回送になります。最後尾にはマニ37形荷物車を連結しています。当時、新大阪と九州を結んでいた座席車による夜行急行列車が運転されていました。

上の画像も1976年に東海道本線の山崎付近で撮影した485系交直両用特急形電車の特急「雷鳥」の回送になります。ボンネットの先頭車で字だけの愛称版が好ましかったものです。

上の画像も1976年に東海道本線の山崎付近で撮影した581系交直両用寝台特急用電車による寝台特急「明星」の回送になります。当時この撮影ポイントに行けば、次々にやってくる優等列車を撮影することができました。高校2年生の時に鉄道好き友人と撮影に出かけた時の写真です。

上の画像は1980年に東京駅で撮影した大阪行き寝台急行「銀河」になります。車掌室の横に展望スペースがあったナハネフ22形寝台客車は大変魅力的で、東京から米原まで乗車した時も、この展望スペースから東京の流れる夜景を楽しんだものでした。

当時は20系寝台客車が使用されていました。客車のサイドには20系独特の丸みを帯びた各種の表示窓がありました。

同じ寝台急行「銀河」を縦構図で撮影したものになります。字で「急行EXPRESS」と表示されていました。この20系の字だけの急行表示も好きでした。

上2つの画像は1980年に撮影した山手線の103系直流通勤形電車になります。103系の高運転台が活躍していた頃で、当時私は大学2年生の頃になります。この写真はその当時東京の大学に行っていた友人を訪ねて行った時に撮影しました。ウグイス色の103系を見ると「東京に来たんだな」という気持ちになったものでした。

上の画像も同じ時に東京で撮影した103系低運転台になります。総武線の各駅停車は、カナリア色の103系が活躍していました。ちなみに中央線の快速にはオレンジ色の103系が使われていました。

上の画像は1975年に上野駅で撮影したEF80形交直両用電気機関車牽引の寝台特急「ゆうづる」になります。常磐線経由で上野~青森を走っていました。残念ながらヘッドマークは取り付けられていなかった時になります。

こちらは上野に到着した寝台特急「ゆうづる」の最後尾になります。窓の数が多いので座席車ナハフ21を改造したナハネフ21だと思います。

終点に着いてこれから推進運転で尾久客車区へ回送されていくのでしょう。貫通扉が全開で開かれています。

上の画像は1975年に上野駅で撮影した485系300番台交直両用特急形電車になる東北本線の特急列車かと思われます。残念ながら愛称が見えていません。

上の画像は1975年に尾久客車区で撮影した20系の寝台特急「安芸」になります。この20系の呉線経由「安芸」は以前にも書きましたが短命な列車でした。

上の画像は1975年に撮影した20系寝台特急「あけぼの」になります。残念ながらどこの駅で撮影したのかが解りません。パンタグラフを撤去したカニ22が印象的でした。

上の画像は1980年に両毛線の佐野駅で撮影した115系直流近郊形電車になります。先頭に荷物電車を繋いでいる普通電車です。大学時代に友人の故郷を訪ねた時の写真です。

上の画像は1980年に撮影した165系直流急行形電車による急行「内房」になります。内房線の急行電車になりますが、どこの駅で撮影したのかが解りません。当時、シンガーソングライターの南こうせつさんが「房総西線」という曲をリリースされていて、歌詞の中に「内房5号」という列車名が出てきたのを覚えています。ひょっとしたら両国駅でしょうか?この曲が納められているアルバムは「旅立てばそこから男」というアルバムです。

上の画像は1980年に撮影した夜の東京駅になります。113系の横須賀線が停まっています。駅名表示もノスタルジックで良い雰囲気を醸し出しています。

上の画像はこの旅の途中で撮影した深夜の豊橋駅になります。おそらく大垣発東京行きの普通電車から降りて撮影したものと思われます。深夜の駅の情緒が伝わってくるような写真になっていました。車両以外の鉄道写真もなかなか良いものです。今回の投稿は以上になります。まとまりの無い投稿で申し訳ありませんでした。今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

自宅レイアウト、シーナリィ線区の延長工事。

新しいシーナリィ付き線路を走る683系とEF65牽引のブルートレイン。
シーナリィ付きの線路を延長しました。

自宅の離れ約20畳に展開している自宅レイアウト。昨年は約1年がかりでシーナリィ付きの線区を製作しました。1つ出来上がるとまた次の所に気が行くようになります。シーナリィ線区の電気機関車区に向かう線路(長さ約1メーター位)にまた新たにシーナリィを付けていくことにしました。今回は6月8日に鉄道模型友人が4人自宅レイアウトに遊びに来てくれることになっている事もありそれまでに少し手を加えてみることにしました。自宅レイアウトのシーナリィ線区は山線をイメージしてあるので、基本的にはその山線の延長工事をすることになります。ただ設置してある組み立て式線路部になるので、組み立て式線路区間にシーナリィを施すことになり、板ベースから製作するのとは勝手が大きく違いました。

まずは山肌を表現するバック板を付けました。ベニヤ板に緑色のラッカースプレーで着色し、レイアウトボードに自立するように取り付けました。次に組み立て式線路をレッドブラウンの缶スプレーでこげ茶色に塗装しました。段ボールで覆いながらそのままで塗装しました。あとからシンナーで線路の上に着いた塗料を拭き取っていきました。これでイメージは出来上がりました。

次に山肌の基礎になる部分の骨組みをスタイロフォームと工作用紙を紐状にして作りました。今回はスタイロフォームを多めに使いました。熱線カッターで切りとり、専用接着剤で固定していきました。裾の部分は今回は厚紙を使って面一になるように覆うことにしました。線路の周辺や凸凹しているところには紙粘土を使って埋めていきました。

次は新聞紙を手のひらサイズに切って、薄いボンド水に浸してペタペタと貼っていく作業をしました。毎回行っている地面づくりの作業になります。乾いてから今度はキッチンペーパーにプラスターを溶いてボンドを加えたものを浸して貼っていきました。今回は薄いキッチンペーパーを使ったので破れやすかったです。やはり少し厚手のものが良さそうです。線路の間は木の端や紙粘土、厚紙等を使って埋めて行きました。今回は紙粘土を5袋位使いました。これで地面のベースは完成したことになります。

毎回シーナリィ製作の途中で現れる「雪景色」も今回は短い区間となりました。今回は時間がないので、雪景色での運転はしないで次の製作工程に移っていくことにしました。

そして次の行程として、線路にバラストを敷きました。毎回大変楽しみな作業です。まずは線路の上にバラストを大まかに撒いていきます。それから筆を使って、バラストが枕木の間に収まるようら作業します。作業のポイントは「バラストで枕木を隠してしまわない」という点になります。だいたい綺麗に撒けたなら、中性洗剤を数滴入れた水をバラストの上にスプレーをします。中性洗剤の活性作用で、あとから入れていくボンド水の染み込みが上手くいきます。ボンド水は木工用ボンドを水で3~5倍に溶いたものになります。後はボンドが乾燥するのに1晩おいておくことになります。乾いたらピンセットを使って、枕木に付いているバラストを丁寧に取り除いていく作業をします。乾いた後は冒頭の画像の様に、暫しの試運転を楽しみました。バラストを敷いたポイントの動きも大丈夫でした。

ここまで来たら後は山肌に草木を表現して、地面にも草木を表現する作業をしていくことになります。草木は以前にも紹介していますが、樹木のキットを使って沢山製作しなければなりません。6月8日のプライベート運転会までには出来そうもありませんが、準備はしていこうと思っています。新たなストラクチャーを製作して設置することもできます。一部分に短いガーダー橋を設置して、下に小川を作ることも良さそうに思います。製作途中に、あれこれと考えていくのが楽しいです。いずれはシーナリィー付き線区を増やしていって、ホーム部とヤード部にまで施工していきたいと考えています。レイアウト全体をシーナリィのあるレイアウトにしていくことが大きな目標になります。そこまでできたなら鉄道模型雑誌の「TMS鉄道模型趣味」が開催されている「レイアウトコンペ」に出展したいと思っています。これからも思いを巡らしながら楽しんで製作を進めていきたいと思います。今回の記事は以上になります。今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

2024年6月4日現在の工事区間。少し緑を表現してみました。
前回と同様に山肌の表現にはまた沢山の樹木が要りそうです。
新しいシーナリィ区間を早速試運転です。