レイアウト訪問記~13mmゲージの世界~

かねてから一度訪ねてみたかったレイアウトの訪問が、今年の夏前にやっと実現できました。その方とは大阪で開催された13mmゲージ鉄道模型の運転会でお会いすることができた方で、ご自宅に13mmゲージのジオラマレイアウトを作っておられる方になります。ようやく念願叶って訪問させて頂くことができました。今回はその様子を紹介させて頂きます。13mmゲージの蒸気機関車を全て手作りで製作しておられる方で、何とレールも自分で枕木から作られて、線材を犬釘でスパイクして敷設をされています。レイアウトのシーナリィやストラクチャーも当然すべて手作りで製作されておられ、みごとな出来栄えのものばかりです。レイアウトは新築されたご自宅の2階にありました。そこは正に鉄道趣味の部屋、夢の空間となっていました。オーナーさんから説明してもらいましたが、廊下部分のディスプレーケースには、一杯に鉄道模型が飾られていて全て13mmゲージでした。蒸気機関車はおそらく全形式揃っているように思えました。客車もダブルルーフの客車編成から43系の「つばめ」、「はと」の編成などが奇麗に専用ケースに飾られていました。ここを見ているだけでも大変充実した気持ちになってしまいました。申し遅れましたが、取材させて頂いた画像やお話を当ブログにアップさせて頂くことにご承諾を頂いております。ご自宅の住所やオーナー様の名前はプライバシー保護の観点から伏せさせて頂きます。どうぞご理解の程よろしくお願いいたします。

E10もありました。
レイアウトのコントロールパネルとパワーパック。

自宅のレイアウトルームを案内してもらいました。見事に作られたジオラマレイアウトに暫し言葉を失ってしまいました。駅と機関区をレイアウトの前面に展開され、メインの線区が内側と外側に敷設されていました。それぞれの線区に天賞堂製のサウンドシステムに対応したパワーパックが繋がれていました。当然、各蒸気機関車には天賞堂のサウンドシステムが内蔵されていました。そして1000分の30位になる勾配線区には山を巡る見事なループ線が作られていました。山肌の樹木は1本1本に表情があり、丁寧に作られていました。自分の作ったレイアウトのキットの植林とは雲泥の差がありました。

素晴らしい扇形庫周辺。

とりわけ目を引いたのが、駅周辺の大きな機関区の部分でした。ガントリークレーンは大形のものが鎮座して大変迫力があり、扇形庫の周辺施設は日本に実際にあったものを忠実に再現されていました。転車台は壁上部に取り付けられたカメラでターンテーブルの動きがモニター画面で目視でき、その動き方は実物と同じように速度に変化をつけられるという仕組みになっていました。

駅舎の内部も作り込まれていました。
模型で初めて見たテルハ。
ホームに居たターレントラック。

大きなメインの駅は九州に実在したオーナーさんが好きな駅舎をモチーフにして作られていました。ホームの端の方には「テルハ」と呼ばれた荷物移動設備が再現されていました。模型で作られているテルハは生まれて初めて見ました。そしてホームには荷物を運ぶキャリアカーである「ターレントラック」が自作されて置かれていました。良き国鉄時代を彷彿とさせる風景がそこにありました。

大鉄橋を下の方から見上げています。
素晴らしい山線の風景。ループ線もありました。

そして高さのある山の間を結ぶ大鉄橋は、オーナーさん自身が金属で手作りされた見事な大作で見応えがありました。レイアウトのベースの高さは床から100㎝程あり、レイアウトをくぐりぬけるのに、腰を大きく曲げることが要らないように作られていました。ちょうど立った状態で車両を目線で眺められる高さになっていました。オーナーさんが以前に腰を痛められたので、これまでのレイアウトを一旦撤収されて新たにこの100㎝の高さにレイアウトを作り直されたとお聞きしました。素晴らしい「決断力と行動力」に頭が下がりました。レイアウトの背景は水彩画で山々の風景が奇麗に描かれていました。畑の作り込みも野菜の1つ1つが丁寧に作られており見事なものでした。

畑の野菜が1つ1つ作り込まれていました。
先従輪が脱線して周回できなかったC59。
今回持ち込ませて頂いたDD50が牽く荷物列車。
DD50牽引の荷物列車が駅に到着。

訪問の後半では、素晴らしいレイアウトで自分の持ち込んだ車両を走行させて頂きました。自分はこの日のために13mmゲージに改軌しておいたカツミ製のDD50形ディーゼル機関車とサンゴ製の13mmゲージ完成品C59形蒸気機関車を持ちこませてもらいました。見応えのあるレイアウトを走るDD50の牽く列車を眺めていると、自分は見たことがなかった北陸線の旧線、柳ケ瀬越えや山中越えをあたかも実際に見ているような気持ちになりました。まさに「素晴らしい」の一言でした。蒸気機関車C59の方は残念ながらトンネルの中で先従輪が脱線してしまい、レイアウトを1周することができませんでした。後で蒸気機関車の先従輪脱線防止の対策をいろいろ教えていただいたので、また改善してみたいと思います。そしてまたいつかこのレイアウトでリベンジ走行を果たしてみたいと思います。

素晴らしいロックシェード。

自分が持ち込んだ車両の走行も心ゆくまで見させて頂くことができ、まさに夢の時間を過ごさせて頂くことができました。やはり素晴らしく作り込まれたレイアウトという舞台があると、そこを走る列車は生き生きとして大変リアルに見えます。ピカピカの車両より、少し汚した、ウェザリングを施した車両の方がしっくりと映えるようです。

駅周辺の街並みも秀逸。

今回は大変お忙しい中、レイアウトの見学を快諾して頂いたオーナー様にこの場をお借りして改めてお礼申し上げます。この日は、大変お世話になりましてありがとうございました。今後ともいろいろと13mmゲージ鉄道模型のご教示を頂きたく思います。今回の記事は以上になります。今回も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

オーナーさんの工作室。

HOナローゲージ~その後

このブログで紹介してきている鉄道模型のスケールは80分の1がメインで、16番ゲージの線路幅16.5mmの鉄道模型になります。自宅の離れ約20畳に展開している自宅レイアウトもこの16.5mmゲージです。あとは80分の1で線路幅が13mmで狭軌感が秀逸の13mmゲージも少しだけですが離れの2階に線路を敷いて楽しんでいます。以前にこのブログで「ナローゲージ」について書いたことがありましたが、そのナローゲージの鉄道模型も走ることができる環境を作ろうと思い立ち、現在製作を続けているところです。

前回は線路の敷設とストラクチャーを大まかに配置していました。その後、ストラクチャーを並べる地面を作りました。建物には室内照明を組み込みたいので、ベース板の建物の下にドリルで直径10mmの穴を開けました。

地面はまずプラスターを板に塗りつけてから、扇形庫機関区の地面と大カーブの色合いにアクリル絵の具で着色していきました。毎回、この色作りに苦労します。まず茶色と黒、そして白を混ぜ合わせて薄い肌色を作ります。そしてその色水で着色していきました。一回塗ってから一晩乾燥させて、色に合わせて今度は薄いねずみ色の色水塗り重ねていきました。そしてようやく同じような色合いの地面になりました。

本線の大カーブの内側にスペースができ、今回は水田を表現することにしました。床用のカーペット素材を小さく裁断して敷いていきました。必ず通り道を空けるようにしていくのがポイントです。もっとリアルな素材を使って表現しようかとも思いましたが、この場所のトーンは建物にプラモデルをそのまま使ったりしており、少し遊び心がある場所なので、これで様子を見ようと思いました。

ストラクチャーの間にはバスやタクシー、自家用車を置いて観光地の街並み風を表現しています。またナローゲージの終点には「歴史民俗博物館」と称して、幟や立て看板そして100分の1のゼロ戦の模型も置いて雰囲気を作りました。よく温泉街の観光地にある資料館のような雰囲気を作ってみました。

地面を作った後はナローゲージのフレキシブルレールを犬釘で固定して、バラストを敷きました。HOゲージの本線で使用したものと同じパラストを撒いていきました。線路の下に隙間もあったので、ちょうどその隙間を埋めていく形でバラストを撒くことができて良かったです。やはり線路にバラストを敷くと線路が引き立ちます。結構好きな作業になりました。筆で枕木が見えるようにバラストを整えてから、中性洗剤を数滴たらした表面活性剤入りの水を線路全体にスプレーしていきました。そして最後は木工用ボンドを3~5倍に水で薄めた「ボンド水」を付けていきました。

一晩経つとバラストが敷かれた線路が完成しました。ただ、ボンド水がバラストを持ち上げている箇所もあったりするので、ピンセットで枕木の上に着いたバラストを取り除いていきました。今回、ナローゲージの線路はNゲージのものを使いましたが、枕木の間隔がやや広くなったナローゲージ用線路もあります。これにしても良かったのですが、実際の尾小屋鉄道の写真を見て、普通の線路を使うことにしました。線路にはもちろんタミヤのカラースプレー「レッドブラウン」で塗装を施してあります。

そして今回初めて「自動往復運転装置」なるものをこの線区に使ってみました。オークションに出ていたものを購入、線路の終点箇所にダイオードを半田付けして、併せて線路の片側に切り込みをいれます。模型の動力車はこの部分を通り過ぎた所に停車して、決められた時間が経つと来た方と反対方向に走り出していきます。パワーパックに装置を繋いで、線路にフィーダーを設けたら完了です。実に優れた装置で、停車している時間も自由に設定できます。この装置のお陰でパワーパックでの前進後進の運転をする必要が無くなるわけです。手放し状態で駅から駅までの運転ができます。本来ならナローゲージだけでオーバル線路が敷設できると良かったのですが、スペースが厳しいので諦めざるを得ませんでした。この往復運転装置の導入でまた新たな運転シーンを楽しむことが出来るようになりました。自宅レイアウトは本線2線と機関区とヤード入れ替え線の運転。そしてこのナローゲージと同時に4線の運転が可能となりました。

☆本線に短い橋を作りたかったので、ここは無理やり河川にしてみました。                 本線の橋梁はエンドウ製のストラクチャーを切断して加工しています。

ナローゲージの魅力はスケールが80分の1で、本線の鉄道模型のスケールと同じであること。そして違う軌間の線路が共存して、走行シーンが見られることで大変立体的な運転が楽しめることにあるかと思います。しかもNの線路に80分の1の車両を走らせるために狭軌感が秀逸です。

自宅レイアウトは計画時点では本線は13mmゲージで在来線を敷設し、新幹線だけは16.5mmゲージで作っていこうと考えていました。そのためメインの駅ホームは「新幹線の米原駅」がモチーフとなっています。いつかは本線の外側線だけでも、第3軌条を敷設して13mmゲージの車両を走行させたいという夢は持っていますが、どうなりますことやら。今回の記事は以上になります。今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

HOナローの尾小屋鉄道ができました。

HOナローの鉄道模型を増設しました。

 このブログで紹介している鉄道模型のスケールは、80分の1がメインで16番ゲージ、線路幅が16.5mmの鉄道模型になります。 自宅の離れ約20畳に展開している自宅レイアウトもこの16.5mmゲージです。あとは80分の1で線路幅が13mmで狭軌感が秀逸の13mmゲージも少しだけですが線路を敷いて楽しんでいます。以前にこのブログで「ナローゲージ」について書いたことがありましたが、そのナローゲージの鉄道模型も走ることができる環境を作ろうと思い立ち、このほど手掛けてみることにしました。製品としてはトミックス製にHOナローの「猫屋線シリーズ」というものがあり、スケールは80分の1で、線路幅が9mmの軽便鉄道シリーズが各種発売されています。「HOナロー」と呼ばれています。既存の9mmゲージの線路がそのまま使えるのが大きな魅力です。

今から2年ほど前に、石川県小松市の「いしかわ子ども交流センター小松館」にある尾小屋鉄道の保存鉄道でもある「なかよし鉄道」を訪れてからナローゲージに興味を持ち、尾小屋鉄道のナローゲージ模型がトミックスから発売されていたので、まずこれを買って運転を楽しんでいました。

軽便鉄道の書籍は、この2冊を持っています。

ディーゼル機関車121形と客車、そしてキハ1形の気動車がラインアップされていて、どれも購入しました。そして車輪を金属製のパーツに交換し、機関車にはNゲージの動力ユニットを組み込み、気動車にも専用のNゲージ動力ユニットを取り付けて小さなレイアウトを作って走行を楽しんでいました。それはそれで運転も出来て楽しかったものです。

以前はこの小さなレイアウトでHOナローを運転していました。

自宅レイアウトのシーナリィ線区を拡大していくプランの中で、レイアウトの南側の建物が並ぶ部分の整理を始め出してから、ふとこの部分にHOナロー線を敷くことができないものか?と考えて今回の工作に繋がっていきました。

白川郷にあるような茅葺の古民家を「歴史民俗博物館」として終点にとます。
レイアウトの外側にパワーバックを置いて運転します。

まずはレイアウトに雑多に置いてあった建物ストラクチャーを全て取り除いて、地面部分を拡張しました。扇形庫近くまでを地面スペースとして、建物は後ろに持っていくことにしました。既存のカーブ部分の地面の高さに合わせて、新たに地面を作っていくことにしました。例によって35mmの角材をベースにして、厚さ10mmのOSB材を使って地面のベース作りをしていきました。また各建物は市販の情景建物のプラモデルで、80分の1より大きかったり、小さかったりしますが、そこは拘らずにそのまま手直しして使うこととしました。プラモデルの台座は全て外しています。地面に建物だけを置くとそれなりに以前より実感的になりました。以前に鉄道模型友人から頂いた白川郷にあるような茅葺の古民家は、「歴史民俗博物館」にしてトンネルの近くへと移動させました。

レイアウトにベースとなるOSB材を置いていきます。
こちらはターミナル駅に隣接する側になります。
ナローゲージの終点は「歴史民俗博物館」とします。

建物の大体の配置を考えたら、OSB材に建物照明を組み込むための10mm幅の穴を開けました。この穴を開けたOSB材は地面製作後も固定せずに、メンテナンス用に外せるようにしたいと思います。

これまでの地面と面一になるようにベースを作っていきます。

ここまで作業を進めていくと地面にHOナロー線を敷く舞台が出来てきたように思います。線区は自宅レイアウトの南端部にナローの駅を製作します。そこにはポイントを設置し留置線を作ります。HOナローは、建物を横目に自宅レイアウト本線の内側を通って終点の「歴史民俗博物館駅」へと繋ぐ路線としました。残念ながら周回はできず、行ったり来たりの運用となります。実際に小松市にある「なつかしの尾小屋鉄道を守る会」で運営されている資料館や「いしかわ子ども交流小松館」にある「なかよし鉄道」のような「保存鉄道」にしようと思いました。

尾小屋鉄道風の汽車がのんびり走ります。
観光地区のナローゲージ保存鉄道として位置づけます。

車両の大きさが80分の1なので、本線を走る列車とのバランスがマッチしてなかなか面白い線区になりそうです。「鉄道ジャーナル」の1975年5月号に紹介されていた北陸本線の糸魚川近くあった「東洋活性白土」という会社の専用線に小さな蒸気機関車が走っていて、そのチビロコと一緒に写っているEF81の写真を思い出しました。ちなみに、この専用線の線路幅は600mmでナローゲージの762mmより狭い線路が使われていたようです。さてHOナローゲージの線路ですが、今回初めてイギリスのPECO社製品のフレキシブルレールとカーブポイントを購入しました。地面に合わせて手曲げで路線を作りました。大変精巧に出来ている線路で、ジョイント部分も精巧に作られていました。ポイントの転換部分もしっかりした動きで、このまま手動で使用することとしました。次にこの線路にタミヤカラーのレッドブラウンで塗装しました。いつものように塗装してからシンナーで線路上部を拭き取りました。ただ9mmゲージなので相当しっかりと塗料を落とさないと通電不良を起こしてしまいました。ポイントも同様で接点部にはマスキング液をたっぷりとつけてから塗装しました。

プラモデルを利用した街並み。いずれは建物に灯りを入れます。
蒸気機関車は以前にオークションで入手しました。客車はトミックス製猫屋線シリーズです。

現在は建物を仮置きして、HOナローの線路仮敷設を終わった段階です。ただナローゲージの模型運転の方が面白くて、もっぱら行ったり来たりの運転を楽しんでいる状態です。これまでに集めていた蒸気機関車2両も大変スムーズに低速から走るので見ていて大変楽しいです。今後は地面づくりと建物を加工して照明を組み込むこととナローの駅を製作していくことになります。建物の様子からこの部分は「観光地区」ということにしたいと思います。今回の記事は以上になります。今回も最後までお読み頂きましてありがとうございました。

自宅レイアウトにナローゲージを増設しました。・

敦賀赤レンガ~鉄道模型ジオラマ訪問記~

2024年6月13日(木)に、福井県敦賀市にある敦賀赤レンガ」に行ってきました。この場所には過去に何回か訪れていて、毎回素晴らしいジオラマの展示運転を楽しませて頂いていました。北陸新幹線敦賀延伸後は初めての訪問となり、ジオラマ展示の動画映像にも手を加えておられるのかも?と思って今回の訪問を考えました。平日の木曜日に行ってきましたが、中学生の団体客が見学に来られており、館内はたいへん賑わっていました。また訪れた日は、「昭和レトロなおもちゃ展」も開催されていて、たいへん懐かしいブリキの玩具を見ることができました。

赤レンガ倉庫の歴史が紹介してありました。1905年(明治38年)に石油貯蔵用倉庫として建設されたようです。

2009年には国の登録有形文化材になったようです。現在の南棟はレストラン館になり、北棟はジオラマ館になっています。

敦賀の特産品や海産物のお土産が販売されて、カフェに海鮮物の食堂と洋風レストランがあります。

南館と北館の間のスペースはこんな感じになっています。

お昼前にキハ28形気動車に迎えられて館内に入ると、お土産コーナーやカフェにレストラン、海鮮の飲食販売コーナーがありました。その奥に16番ゲージのジオラマ館があります。入館料金は大人400円で、1日ジオラマ館には何回も出入りすることができます。入館したらジオラマの映像による展示運転がちょうど始まったところでした。展示運転の様子はYouTubeにあげており、この記事の最後に貼っていますので良かったらご覧になってください。全編ではないですが、雰囲気はお解りいただけると思います。係の方に許可を得て撮影させて頂きました。

このジオラマは明治後期から昭和初期にかけての敦賀の懐かしい街並みを80分の1スケールで再現されています。ジオラマの中央には敦賀駅が鎮座しており、大きな扇形庫もあります。このジオラマは大変大きくて、全長が27.6メートル、奥行きが7.5メートルの「鉄道と港のジオラマ」になっています。

ジオラマのテーマが「敦賀」ということで、手前には敦賀駅そしてバックには敦賀湾が表現されています。上の画像はジオラマに向かって右手に展開されている「スイッチバック」の表現にある駅になります。キハ58系が自動運転でスイッチバックを通る様子が再現されています。

スイッチバックの所にはスイッチ操作で来館者が運転できるコーナーも設置されています。C11型蒸気機関車の列車を運転できます。

ジオラマのテーマになっている敦賀駅の全景。駅の手前には大きな扇形庫があります。

上の画像はジオラマの中にある橋梁になります。これは自分の自宅レイアウトの川の製作をするのに大変参考にした部分です。川面の表現が秀逸でした。

敦賀駅の左手にある小さな機関区になります。給水施設と給炭施設、そして車庫があります。蒸気機関車とディーゼル機関車が佇んでいます。

ジオラマの左手には大きなループ線があり、見事な山肌が表現されています。この山肌も自宅レイアウトを製作する際の参考にさせていただきました。

敦賀駅の前に作られた大きな扇形庫とホームになります。

ジオラマの左手、ループ線の方には。東洋紡の会社のストラクチャーがあります。フルスクラッチして製作された見事な建物です。

ジオラマのバックにある敦賀湾の方に展開されている街並みのストラクチャーも見事で、神社や学校も忠実に再現されていました。

金ヶ崎の港にはウラジオストクに行く船が停泊しています。そこまで敦賀港線が繋がっていました。ここからフランスのパリに繋がる国際列車に乗れたわけです。何とロマンに満ちた旅だったことでしょう。

敦賀駅近くの住宅街も一軒一軒製作された建物で大変リアルに表現されていました。

上の2つの画像は、ジオラマを見下ろすことができる2階部分から撮影しました。このジオラマが如何に大きなものなのかがよくお解りいただけると思います。このジオラマにはジオラマの下を潜って行って顔がだせる仕掛けがループ線の所と海の所にあります。ジオラマの中から見ることができるので、また違った見え方になろうかと思います。なかなか面白い演出になっています。敦賀の映像は敦賀湾の上部、2ヵ所に映し出されます。その動画映像ですが、以前は「もうすぐ北陸新幹線がここ敦賀にやってきます」というところが、北陸新幹線が3月16日に敦賀延伸開業したので「夢が現実のものとなって北陸新幹線となってやってきました」と編集されていました。ジオラマをゆっくり見た後は持参したお弁当でお昼をとり、敦賀駅の南側にある特急専用線への新線を走る683系を動画撮影して帰宅しました。何回来ても大変満足した気分になれるのが「敦賀赤レンガ」のジオラマです。自分がこれまで知っている鉄道ジオラマの中で、一番気に入っているのがここのジオラマになります。今回の記事は以上になります。今回も最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

鉄道模型と出会った頃②1978年

今回は自分が1978年当時、高校生時代に鉄道模型で遊んでいた大変懐かしい写真を紹介したいと思います。私が小学5年生だった1972年頃には毎週末に友だちを集めて、離れの和室2部屋にエンドウの組み立て式金属道床線路を組み立てて遊んでいました。高校生時代になると主に鉄道写真撮影の方をやっていて、鉄道模型の方は気が向いた時に線路を組んで車両を走らせるという形に変わっていってしまいました。お座敷運転もその頃の自分の部屋だった離れの2階で時々楽しんでいたものです。もちろん線路を大きく組んで運転するときは、1階にレイアウトを作って運転していました。模型のコレクションはこの頃になると自由形では満足できなくて、実物を1/80にした本格的な鉄道模型のスケールモデルを買ってもらうように変わりました。まずはカツミ模型店のEF651000番台を入手しました。プラスティック製のギアボックスが2つあり、中央のモーターからユニバーサルジョイントを経て動力を伝える方式の模型でした。確か1万円くらいしたと思います。あこがれのスケールモデルとしては、ED70に次ぐものでした。ブルートレイン牽引機のEF65 500番台も発売されていましたが、客車も貨物も牽引できる客貨両用の機関車ということなので選んだのだと思います。買ったお店は当時、京都の丸物百貨店や大阪の阪急百貨店に鉄道模型売り場があったので、そのどちらかの百貨店で購入したものと思います。やはり好きなブルートレインを集めて買っていたようです。カツミ模型店製の24系の寝台客車を先頭(カニ24)と最後尾(オハネフ24)の客車だけ買って、中間は自由形を繋いで楽しんでいたようです。また貨物列車もボギー車のコンテナ貨物を数量買って当時のフレートライナーをイメージしながら65PFに牽かせて遊んでいました。

上の画像は1978年、自分は高校3年生の時に、離れの2階の自分の部屋で16番ゲージの組み立て式線路にて運転をしている時の写真になります。EF65 1000はカツミ製の1モーターで2つの動力台車を動かす方式の模型です。2両目はカツミ製のカニ24電源車です。この車両はこの頃に大阪の阪急百貨店の模型売り場で買ったものです。この時の帰りは1501Mの475系急行「ゆのくに」で大阪から長浜まで帰ったのをよく覚えています。ちなみにこの写真では全ての車両がスケールモデルのように見えますが、このカニ24から自由形の車両を繋いでいて最後尾だけオハネフ24を繋いでいました。奥にあるのはカツミ製の475系交直両用急行型電車になります。電車ではこの編成でクモハ+モハ+サハシ+サロ+クハの5連を当時持っていました。パーワーパックは関水金属(カトー)製のNゲージ用も使っていたようです。これは現在でもメンテナンス用として使っています。

上の写真にはカツミ製のED70にエンドウ製のキハ02が2両とエンドウ製のラッセル車キ100が映っています。このキ100は1974年に京都の丸物百貨店にて購入した車両でした。こうして見ると直流機と交流機が混在していて如何にも模型らしい写真になっています。ED70は珍しく貨物列車を牽いています。

上の3つの画像は、部屋の電灯を消して模型を走らせている時の様子をバルブ撮影したものになります。15秒くらい開放にして撮影していました。実車で米原駅を通過していくブルートレインを撮影したことがあり、それを鉄道模型でも再現してみようと撮影したように思います。走る模型の光線が綺麗に映っていて幻想的な写真に仕上がっています。エンドウ製のプラットホームにも電灯が点いているのも解ると思います。この頃から、いわゆる「ナイトラン」を楽しんでいました。

上の画像は同じような頃に、今度は一階の和室に金属道床線路でレイアウトを作って、同じ模型を走らせている様子になります。後ろにあるパワーパックKP23で給電しています。機関車の手前の線路に付けてあるのは、線路に電気を送る「フィーダー」で、ここから左右の線路にパワーパックから直流15ボルトまでを流しています。

上の画像は同じくEF65 1000の牽くコンテナ貨物、フレートライナーになります。先頭はエンドウ製のコキフ10000形コンテナ貨車、2両目はエンドウ製のコキ5500形です。こうやって見ると長いコンテナ貨物列車を想像してしまいますが、この2両の後、3両目からは雑多な貨物列車、車扱い貨物の貨車が連なっています。左下に電動ポイントのマシンが見えます。この頃は組み立て式線路のポイントを自動化にしていたようです。また左上には3色シグナルが見えます。自作したスイッチボックスで各色を点灯させて遊んでいました。

上の画像はEF65 1000とブルートレインの客車、カツミ製のオハネフ24形寝台客車になります。この写真だけ見ると長大なブルートレインの写真と想像してしまいますが、実はこのオハネフ24の後の編成は自由形ナハとナハニ、そして最後尾はカニ24になろうかと思います。こういう写真を撮ったのも、実物のような長大ブルートレインに憧れていたのがよく解ります。

上の画像が今回の最後の画像になります。少し離れて撮影しています。後ろの方にはキハ02にキ100形ラッセル車、そして自由形客車にED70とED100が見えます。右上のスイッチボックスはカツミ製の3色シグナルを操作するのに自作したものです。9Vの電池を使ってスイッチで点灯させていました。左に映っているDD13形ディーゼル機関車は当時発売されていた乾電池で動くプラモデルでモーターは使わずにトレーラーとして機関車に牽かせて遊んでいました。今回の記事は以上になります。今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

1978年に走らせていたカツミ製の65が2024年に快走しました。