良き国鉄時代㉝~撮り鉄アラカルト正月版~

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。元日早々に能登半島地震が発生して大変な年明けになってしまいました。輪島市では甚大な被害が出ており、石川県でも被害が広がっているようです。心からお見舞い申し上げます。併せまして一刻も早い復興を祈念しております。さて今年最初の記事はこのブログの定番になっている「良き国鉄時代」のシリーズからです。今回は1975年から1976年にかけて、若き自分がアサヒペンタックスSPFで撮影してきた写真を紹介させていただきます。これまでシリーズとしてお届けしてきている「良き国鉄時代」で紹介していなかった写真の紹介になります。おかげさまで自分が撮りためていたプリント写真のデジタル化をずいぶんと進めることができました。話題があちこちと飛んだりしてしまいますが、当時の画像を楽しんでいただけたら幸いです。

上の画像は1975年に長浜駅にて撮影した北陸線の古豪、ED70形交流電気機関車になります。確かこの北陸線上り米原行きの普通列車に乗って、夕刻に敦賀から帰って来た時に長浜で降車して撮影したと記憶しています。この頃は田村までやってくるED70はめっきり少なくなって、運用を離脱しようとしていました。中学3年生の自分はこの機関車を追いかけて撮影していました。現在長浜鉄道スクエアにて1号機が保存されています。鉄道模型でもカツミ製を複数量所有しており、1両は13㎜ゲージに改軌しています。この模型はTMS鉄道模型趣味誌開催のコンペティションにて努力賞を頂いた模型です。

自宅2階の13ミリゲージ簡易レイアウトを走る13ミリゲージのED70牽引普通列車。

上の画像は1975年に田村駅にて撮影したEF70 1000番台交流電気機関車になります。いずれも20系寝台特急「日本海」を糸魚川から牽引して田村に到着しているところです。「日本海」が登場した昭和43年10月から牽引しており、登場時は美しい「日本海」のヘッドマークを掲げて運転されていました。残念ながら1975年当時は省略されていました。

上の画像は1976年に撮影した青森発大阪行きの上り急行「きたぐに」になります。牽引機は同じくEF70 1000番台になります。撮影可能な夏場に自宅近くの踏切から撮影しました。10系客車にスロ62を繋いだ美しい編成でした。以前にも書きましたが、このEF70をはじめ交流機は何時も2エンド側、敦賀側のパンタグラフ1つを上げていました。

上の画像は1975年に亡き父親と東北方面へ旅行に行った時に車窓から撮影したED71形交流電気機関車になります。おそらく黒磯駅近くだと思います。側面フィルターの形状から1次型ですね。鉄道模型でもトラムウェイ製とモア製で所有しています。正面の貫通扉と庇が大変好ましいスタイルを醸し出しています。

上の画像も1975年に亡き父親と旅行に行った時に青森駅で撮影したED75 700番台交流電気機関車になります。現在は大宮の鉄道博物館で保存されています。700番台は屋上機器がすっきりとしていて耐寒設備を持った形式でした。以前、友人から頂いた写真で紹介した奥羽本線の寝台特急「あけぼの」や日本海縦貫線を走った寝台特急「日本海」等も牽引していました。この旅行では同機の牽引する急行「きたぐに」に青森から乗車しました。鉄道模型でも天賞堂製を持っています。

上の画像は1975年に上野駅で撮影したEF80形交直両用電気機関車になります。常磐線の普通列車を牽いて上野に到着したところを撮影しました。この機関車が新製配置され始めた頃に国鉄が製作した「ある機関助士」という映画でも登場しています。少し小ぶりな動力台車が印象に残っています。現在は碓氷峠鉄道文化むらで保存展示されています。鉄道模型でも天賞堂製を持っています。

EF80が牽く寝台特急「ゆうづる」。自宅レイアウトにて。

上の画像は1976年に自宅近くの国道8号線陸橋から撮影した475系交直両用急行型電車による上り急行「ゆのくに」金沢発大阪行きになります。北陸急行電車用の大きな美しいヘッドマークが車両に良くマッチしていました。「立山」、「くずりゅう」、「兼六」と同形式で運用されていましたが、自分的にはこの「ゆのくに」が好きで大阪から長浜まで乗車したこともありました。鉄道模型では初めて今は亡き祖母に買ってもらっており当時はクモハ+モハ+サロ+サハシ+クハの5両編成を組成して楽しんでいました。モハには縦型モーターにインサイドギアを2組使用した動力で電気を沢山必要としていたのを覚えています。後にエンドウ製のMPギア動力ユニットに換えて、現在は12両編成にして楽しんでいます。

上の画像は1975年に自宅近くの国道8号線陸橋から撮影した485系1500番台交直両用特急形電車による大阪発青森行きの特急「白鳥」になります。運転席上の前照灯が2つあるのが特徴で、北海道での使用に先がけて日本海縦貫線で試験運用されていました。トレインマークは字だけの物で張り付けられていたのを覚えています。鉄道模型では特徴的な先頭車を宮沢製で所有しています。他の編成はカツミ製を足して使用しています。

最後の画像になりました。上の画像は小学生だった1972年頃に自宅近くの踏切で撮影した4001D大阪発青森行きディーゼル特急「白鳥」になります。大阪を9時10分に出発して終点青森には日付の替わる寸前の23時50分に到着していました。当時父親の2眼レフカメラで撮った貴重な1枚になります。今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。