今回も過去の自分のブログをリライトするという形で紹介させて頂きます。当時のままの記事でたいへん読み辛いと思いますが、画像を中心にお楽しみいただければと思います。また記事の日時が新しい記事から古い記事に遡っていきますが、どうぞご了承頂けたらと思います。
2013-09-26

京都の模型店で、13mmMPパーツを買って、カツミのクモハ125をJM化してみました。狭軌感が秀逸ですね。
2013-09-08
部屋の床に直接敷設していたJM線路を、本日から床上げしてみました。車両収納用に使っている農作物収穫箱に、地面色に塗装したOSB材を載せた簡易レイアウトです。以前に紹介したNゲージと同じやり方です。視線が良い感じとなり、狭軌感もますます良く伝わるようになりました。後はストラクチャーの増備ですかね。




2013-08-27
当区初めての13㎜ゲージ化としてカツミDD50の改造型1次と2次をチョイスしました。いろいろ考えましたが、1次と2次が2両ずつ在籍していているので1次+2次の2組のうちの1組を2両JM化としました。
動輪の絶縁側をチェックして、ギアボックスの動輪とのクリアランスが狭い方を少し削りました。スパイクモデルのパーツを松任工機部さんに手配して頂き、本日改軌第一号となりました。今後は調整をしていきたいと思います。うぅー、線路が無い(笑)






2022-10-12
2022年10月11日火曜日。久しぶりに、京都鉄道博物館に行って来ました。お目当ては、一等展望車のマイテ49に乗ることです。早くからネットで乗車券を購入して準備していました。13時からの「特別なSLスチーム号」に乗車、名車の座席に座って3軸のジョイント音も楽しむことができました。特急「つばめ」や「はと」の往年を偲ぶ貴重な体験ができました。このイベントの後は、マイテ49は京都鉄道博物館入りするそうで、乗車できるラストチャンスでした。


マイテ49の次にはスハフ12。

残念ながら展望デッキは機関車側でした。

特別なSLスチーム号のサボ。

記念切符もいただけました。

車内の様子。

2013-10-07
母親が福井大学病院に入院したときに、北陸道の杉津SAに立ち寄って撮影したものです。山中越えを偲ぶ絶景が今でも見ることができます。夕陽が綺麗に見える「恋人の聖地」になっていました。現在の杉津SAに駅があったらしいですね。




2010-05-29






多賀にあったSLホテル、「多賀SLパーク」の跡地に、今もD51が残されています。
当時は寝台車3両を従えて、実際に宿泊施設として利用されていたようです。当時、小学生だった私の記憶にも残っている施設ですが、残念ながら実際に行ったことはありませんでした。
2枚目の写真なんかはパッと見るとどこかの「廃線跡」に見えませんか?緩くカーブしたホームも妙にリアルですね。子どもが遊ぶアスレチック遊具と動物がいた?小屋も残っていました。
D51は「999」と書いてありますが、ロッドの部品にはD511149の刻印がありました。晩年北海道、岩見沢で活躍していた「戦時型船底テンダー」タイプのD51です。デフレクターには「はと?」のマークが書いてありました。
※その後、愛知県の個人が譲り受けられて1人でレストアされています。先日2026年5月にエアーで動く様子をご披露されました。
2010-05-29


2010年5月29日、良い天気になったので久しぶりに多賀にあったSLホテル、「多賀SLパーク」跡地を愛車のバイク(ホンダシルクロード1981年製)で訪れてみました。随分前にも来たことがありますが、桜の木立の中に朽ち果てたD51をゆっくりと見ることができました。SLブームだった頃に、寝台客車(確か10系寝台客車3両)の先頭にこのD511149が展示され寝台車の中で宿泊できる施設が作られました。今では跡地とD51そして線路、朽ち果てた遊具が残っています。
2010-05-08

いつも通勤途中で見かけていた米原~彦根間に残る旧東海道線のトンネルを見に行ってみました。夏場から秋にかけてはうっそうと草が生い茂りなかなか姿を確認し辛いですが、春の今頃はよく見ることができます。線路の東側になるので近くまでは行き難いので、道路からズームして撮影しています。またいつか近くまでいって見たいものです。
2009-04-21




写真でしか見たことのなかった悲運のマンモス蒸気、E10。今回は、なめるように見させてもらいました。屋外保存にしては、大変状態が良く美しい姿に感激しました。
今回の記事は以上になります。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
